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2019/07/11

廃止間際の寝台特急はやぶさ・富士

乗りテツな私は特定の車両を撮影するために、

カメラを持ち出す事は滅多にありません。


しかし、九州ブルトレが無くなる時は別でした。


初めて九州ブルトレに乗ったのは「みずほ」。

九州を巡る自転車旅の行きのアクセスとして利用。

そして、寝台列車の便利さに目覚めた瞬間でもありました。


それまでは、夜行列車=座席=寝不足の悪循環でしたから。

それでも若かったからそれが苦には感じません。

しかし、社会人になり、仕事が多忙になると座席夜行は厳しく…。


その点、仕事を終えて近くの横浜駅から乗り込み、

ベッドで横になれる列車の有り難い事。

しかも翌日には、九州入りして朝から自転車で走り出せる。

実に効率の良い列車だったのです。


結局、東京発着のブルトレは「さくら」以外には全て乗車。

最後に乗車したのは大分行きの「富士」のBソロでした。


☆           


家族を持つと、中々自由に一人旅など出来なくなります。

横浜駅西口の客先に向かう時、度々はやぶさ・富士を眺めていました。

それは癒しの時間でもありました。


毎日当たり前のように、多少前後はあれ同時刻帯に走り抜けて行く。

その姿もいよいよ見られるチャンスが少なくなります。

もうすぐ見られなくなる!!  そう思うと撮らずにはいられません。


写真1

キヤノンEOS40D  EF70-200mmf4L


この撮影の4日後に、はやぶさ・富士は廃止。

東京駅発着の九州ブルトレの長い歴史が終わりました。


                      〈2009.3.10撮影〉



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2019/07/03

家族旅行に北斗星♪ 上野駅13番ホームの今

前記事の東京駅新幹線ホーム見学の後は、

山手線に乗り上野駅に向かいました。

写真1

上野駅に行くと13番ホームが恋しくなります。

今はただの薄暗いホームとなりましたが、

この薄暗さと落ち着きある雰囲気が夜行列車の旅立ちには、

とても似合っていたのを懐かしく思います。


長女が小学校に入る前に家族旅行で北海道に行きました。

それは最初で最後の家族での本格的な旅行です。


札幌雪まつりを見るための旅行でしたが、

行きは北斗星、帰りはカシオペア。

今思えば夢のような寝台列車での北海道行です。



写真4

寝台列車の待合室の五ツ星広場。

正直チープな待合室ですが、今はこの空間も消滅しました。



写真5


写真6

当時は北斗星人気も落ち着き、

混雑を予想した雪まつりシーズンでも個室がすんなり取れました。

前方機関車に群がる撮りテツさんもほとんどいません。



写真7

B寝台デュエットは狭いながらも楽しい一夜を過ごせました。

何より、二人の子どもの運賃は無料ですから、

贅沢に思える寝台特急の旅も飛行機利用より安上がりでした。


写真9


写真8

目覚めれば、そこは既に北海道。

実に効率の良い乗り物と思うのですが、

今は如何に短時間で目的地に着けるかばかりを求めた結果、

飛行機か新幹線か、といった偏った乗り物ばかりになっていきます。

夜行バスの台頭も夜行列車に大きな痛手だった事でしょう。



写真10

乗り換えなしで札幌に着ける。これは大きな魅力でした。



13番ホームから夜行列車の発着はなくなりましたが、

今でももちろん始発列車がこのホームから出ています。


写真3

上野駅が北から東京へ向かう人たちの玄関口であったのは何時まででしょうか。

今は新幹線ですら東京駅始発となり、上野東京ラインの開通で、

常磐線も品川始発の列車に切り替わりつつあります。



写真2

何時発着しているのか分かりませんが13番ホームからは、

一部のお金持ちしか乗れない「四季島」の乗車口もあります。


運行当初は話題性も高く、色んなメディアで取り上げられましたが、

今はそれもあまり見聞きしなくなりました。


撮りテツさんの被写体には良いのでしょうが、

乗りテツな私には、乗れない列車にはまったく興味が持てません。

せめてカシオペアだけでも札幌行きの定期運行続けてほしかったのですけど…。



写真11

東京駅で見た新幹線のグランクラス、ガラガラでした。

こちらも話題性は高かったですが、人気は持続しませんよね。


1度乗ったらもういいや……そんな列車や座席を増やすよりも、

また乗りたい!!  そう思えるような列車がもっと増えて欲しいのです!!


                           〈2010.2北斗星乗車〉



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2019/06/13

寝台特急あけぼの B寝台個室ソロ

子供たちが小さかった頃は、まだ一人旅が出来た。

若い頃からの放浪癖が抜けず、時々旅に出ないと息苦しくて、

仕事の重圧に潰されそうになる。


写真1

年末年始の年越し仕事をやっつけて、

サラリーマンなら新年の仕事初めの頃に寝台列車に飛び乗った。



写真2

幸い青森行きのあけぼのは個室の上段が取れた。

廃止騒動が巻き起こる前の夜行列車は個室も含めて、

当日でも寝台券が取れる事が当たり前のようになっていた。


カプセルホテルのように狭い個室だが、これが実に快適。

都会のネオンきらびやかな夜景を眺めながら一人宴会の始まり。


一人宴会は水上駅で運転停車した頃にお開き。

程よい酔いとともに眠りにつく。


目覚めれば、そこは既に雪国。

北へ向かう夜行列車の醍醐味だと思う。


大半の乗客は秋田までで降りてしまい、閑散とした車内となる。

車内放送では定刻より○○分遅れて運行との事だが、

急ぐ事の無い一人旅では、そんな遅れが全く気にならない。

むしろ少しでも列車に居られる事が有り難い。


これが通勤電車だったら、数分遅れでも文句が出る。

そんな電車移動しか知らない人は、

永遠に夜行列車の魅力には気が付かないだろう。



写真3

終着の青森駅に到着した。

昔ならここから慌ただしく連絡船乗り場に向かう人が目立つ。

しかし、今では単なる終着駅。

連絡船の桟橋に向かう跨線橋の階段も塞がれてしまった。



写真4

この後の予定もきちんと決めていない。

焦る必要も無いので、あけぼのの回送を見送り続けた。


                              〈2013年1月乗車〉



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2019/06/08

昭和63年1月 JR標津線

写真1



年末年始の年越しを北海道最東端に近い尾岱沼YHで過ごした。

標津線の終点、根室標津駅から更にバスで行く立地は、

決して便利といえる場所ではないものの10数人のホステラーが集い、

楽しく年越しパーティーを行い、翌朝は凍てつく海岸線で初日の出を拝む。


その後は、ハクチョウ見物等をして、宿で朝食後出発。

連泊する数人以外は全てバスに乗り込み、根室標津駅へと向かう。

写真4

みな北海道ワイド周遊券での旅である。

飛行機やレンタカーを使う者は皆無で、みなJRを乗り継いで旅をしていた。


写真2

大半はそのまま列車で釧路に行き、特急に乗り換え札幌に向かう。

しかし、私を含む4人は中標津から分かれる支線の厚床行きに乗り換え。

写真は、そのお別れのシーンだったと記憶する。


写真3

1日4往復のみのローカル支線。

それでも、それなりに乗客は多かった。

何も無い原野の雪原を突き進み、終点の厚床に到着。

尾岱沼YHで知り合った仲間とともに、今宵の宿である、浜中YHに向かった。


                                〈1988年1月乗車〉



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2019/06/04

鹿島鉄道 廃止から12年消えゆく痕跡

写真1


本来の目的ではありませんが、サイクリングの途中で近くを通ったので、

廃止から12年が経った鹿島鉄道の廃線跡を少しだけ覗いて来ました。


写真2

霞ヶ浦大橋を渡った付近に玉造町駅や浜駅がありました。


写真3

浜駅付近の元踏切にはまだレールが残されていて、

僅かながらも、ここに鉄路があった痕跡を残します。


写真4

しかし、浜駅だった場所は大掛かりな造成が行われ、

ソーラーパネルが立ち並び、廃線跡の痕跡はまったくありません。


写真5


写真6

列車交換も行われ、比較的大きな駅だった玉造町駅跡地。

バス停名に名残りがありますが、「玉造町駅」ではなく「玉造駅」。


駅前トイレだけが駅のあった頃から健在している唯一の施設。

でも、前回訪れた時よりも「かしてつ応援団」の絵柄は汚れ果て……。


今回約5年ぶりに訪ねた鹿島鉄道廃線跡は益々痕跡は薄れていました。


駅前の自販機で喉を潤していたところ、駅前住民から声を掛けられました。

当時と今を比べてどうですかと訪ねたところ、

「元々大人の利用者は少なかったけど、学生さんは多くて賑わっていたよ」

「鉄道が無くなって、ここまで町が静まり返っちゃうとはね…」


霞ヶ浦の対岸、土浦は真新しい建造物が増え、以前より賑わっているような。

対して、鹿島鉄道沿線は元気が失われているように思えてしまうのでした。



★5年前に訪れた時の廃線詳細です★

 近日、当ブログ本館のヤフーブログはライブドアに引っ越しします。

 リンク先が変わりますので、興味のある方は早めにご覧ください!!


【関連記事】

鹿島鉄道の廃止跡を訪ねる・その1

https://blogs.yahoo.co.jp/butoboso0217/34597664.html

鹿島鉄道の廃止跡を訪ねる・その2

https://blogs.yahoo.co.jp/butoboso0217/34609701.html

鹿島鉄道の廃止跡を訪ねる・その3

https://blogs.yahoo.co.jp/butoboso0217/34675202.html


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